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札幌地方裁判所 昭和38年(む)797号 判決 1963年5月10日

被疑者 野村貢

決  定

(被疑者氏名略)

右被疑者に対する恐喝被疑事件につき、昭和三八年五月七日札幌地方裁判所裁判官がなした勾留請求却下の裁判に対し、検察官より適法な準抗告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

被疑者に対する恐喝被疑事件につき、昭和三八年五月七日札幌地方裁判所裁判官がなした勾留請求却下の裁判は、これを取消す。

理由

一、本件申立の趣旨および理由は別紙申立書写記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

二、検察官提出の資料によれば、被疑者は、「昭和三八年三月二〇日午後六時頃、札幌市北一五条東一丁目小野アパート内において、槇哲男に対し、返済の意思、能力がなく、かつ同人の経営する新聞販売店舗に引き続き勤務する意思もないのに、これあるように装つて、『実は毎日新聞の方に三万円借金しているが、二万円入れただけでまだ一万円借りている。これを返済しないとあちらをやめてお宅の仕事に専念できないので、一万円貸して欲しいのだが』と虚構の事実を申し向けて同人をしてその旨誤信させ、よつて翌二一日午後六時頃札幌市北一条東二丁目所在の右同人の店舗において、貸借名下に現金一〇、〇〇〇円の交付を受けて、これを騙取したものである」との被疑事実(以下詐欺被疑事件と略称する)にもとずき、昭和三八年四月二三日逮捕状による逮捕をうけ、引き続き同月二六日右被疑事実により勾留され、同年五月五日一旦釈放されたが、同日「被疑者は、昭和三六年一〇月八日午後六時頃、国鉄岩見沢駅において、金員を喝取せんと企て、西屋栄二(当一六年)に対し、『ちよつと用事があるから一汽車遅れて帰れ。ちよつとこつちへ来い』といつて、岩見沢市一条西三丁目小路に連れ出し、『俺は今金に困つているんだが五千円を都合して岩見沢駅まで持つて来い。ガリ公は金持ばかりだからつくれるだろう』と申し向け、もし要求に応じなければいかなる危害をも加えかねない態度を示して同人を畏怖せしめ、よつて同月一六日午後三時頃、美唄市西三条南一丁目美唄市営球場裏において右同人より現金三、七〇〇円の交付をうけて、これを喝取したものである」との被疑事実(以下恐喝被疑事件と略称する)にもとずき、逮捕状(同月四日検察官の請求により発付されたもの)による逮捕をうけ、次いで、同月六日検察官から右恐喝被疑事件について、本件勾留請求がなされたのに対し、翌七日札幌地方裁判所裁判官東原清彦は、「捜査機関は、右詐欺被疑事件による勾留期間中、同被疑事件については何らの捜査をせず、むしろ恐喝被疑事件についての捜査を進行している事実が認められ、右事実によれば、罪名が形式的に異るとはいえ、これを実質的に見た場合詐欺被疑事件による勾留は恐喝被疑事件の取調のためになされたものというべく、したがつて、本件恐喝被疑事件についての勾留請求は、結局において同一被疑事件について再度なされたに等しいものであるから、違法な請求といわざるを得ない」旨の理由により、右勾留請求を却下した事実が明らかである。

三、そこで、本件捜査関係記録によつて被疑者に対する一連の捜査経過を調査してみると、(1)まず、同年四月二四日司法警察員により詐欺被疑事件に関する被疑者の取調が行われ、翌二五日司法警察員から検察官に同被疑事件についての事件送致がなされたこと、(2)右事件送致を受けた検察官は、同日詐欺被疑事件に関し、被疑者の取調を行い、さらに同被疑事件についての勾留期間中である同年五月二日に右被疑事件捜査のため、参考人として、被疑者の実父および妻の出頭を求めたうえ、主に、被害弁償の見通し、身柄引受関係等に重点をおいて、同人等の取調を行つていること、(3)一方、司法警察員においては、検察官の右詐欺被疑事件についての捜査と平行し、同日本件恐喝被疑事件につき、被疑者を取調べ即日検察官に対し、同被疑事件の追送致を行つていること、(4)右追送致を受けた検察官はそれまでの捜査の結果に照らし、詐欺被疑事件については、公訴を提起・維持するに足る嫌疑が不十分であるとの判断に到達したので、同月五日被疑者を一旦釈放した後、新たに追送致をうけていた右恐喝被疑事件により即日被疑者を再逮捕し、さらに本件勾留請求に及んだことをそれぞれ認めることができる。

叙上のとおり、検察官は、詐欺被疑事件の勾留期間中においては、参考人の取調等により、専ら詐欺被疑事件についての捜査の遂行に当つたのみであり、一方の恐喝被疑事件に関しては、右勾留期間満了日に被疑者を釈放するまでの間、被疑者その他参考人等を取り調べるとか、或いは司法警察職員を指揮して捜査の補助を命ずる等の措置に出た事情を認めるに足る何らの資料もなく、かかる捜査機関の事件処理の経過に照らすと、恐喝被疑事件についての本件勾留請求は、検察官が未だ全く捜査に着手していない事実についてなされたものであるばかりでなく、右の詐欺・恐喝被疑事件の間には、被疑事実の同一性を肯定しがたいこともとより明らかというべきであるから、本件勾留請求をもつて、原裁判の説示するごとく、実質的において、同一被疑事実につき再度なされたに等しいものとはとうてい認め難い。もつとも、詐欺被疑事件による勾留中において、その間、いわゆる連休等の関係から一〇日間の勾留期間を十分に活用しえなかつた事情があるとはいえ、検察官が詐欺罪の嫌疑事実の存否につきなお一層積極的な捜査を進めると同時に、司法警察員との間で緊密な連絡をとり、追送致予定であつた恐喝被疑事件について再逮捕ないし再勾留の要否に関し、速やかな判断を下す等被疑者の身柄拘束を短期間にとどめるためできる限りの努力を尽くすべき手段が残されていたのではないかとの疑念を禁じえないものがあるが、裁判所としては、かかる捜査機関内部の事件処理の具体的当否についてまで、立ち入つた考察を加える立場におかれていないのであるから、本件捜査の経過につき、右に判示したところと異なる判断に立脚し、本件勾留請求をにわかに同一被疑事実につき再度なされたに等しいものと即断し、その余の勾留請求の要件に関する審査に意をはらうことなく、直ちにこれを却下する措置に出た原裁判はすでにこの点において失当たるを免れないものであるから、刑事訴訟法四三二条、四二六条二項によりこれを取消すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判官 辻三雄 角谷三千夫 高升五十雄)

別紙(省略)

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